アディダスの森 アディダス 会社の歴史

アディダスは1949年設立の、ドイツ バイエルン州ミッテルフランケンに本拠地を置くスポーツ用品メーカーです。

「アディダス」とは創始者であるアドルフ・ダスラーの愛称「アディ」とファーストネーム「ダスラー」をつなげたもの。

ちなみに、アドルフ・ダスラーの兄でアディダスの前進である「ダスラー兄弟商会」を一緒に立ち上げた、ルドルフ・ダスラーはのちにプーマ社を立ち上げています。したがってアディダスとプーマは同じ根っこということになります。

沿革

1900年
創始者であるアドルフ・ダスラーがドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、靴職人の息子として誕生。
1920年
ドイツ・ニュルンベルク近郊のヘルツォーゲンアウラッハで、兄ルドルフ・弟アドルフのダスラー兄弟が、靴製造の会社「ダスラー兄弟商会」を設立。主にルドルフが販売、アドルフが生産を担当。
1948年
兄弟との意見対立により「ダスラー兄弟商会」を解消。アドルフはアディダス社を設立。「アディダス」とはアドルフの愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたもの。なお兄ルドルフはRUDE社を設立。これが翌年、プーマ社となる。
1965年
テニスシューズ「ハイレット」を発表。これが後のスタン・スミスとなる。
1970年
オールレザーのバスケットシューズ、「スーパースター」発表。
1970年以降
アドルフの息子ホルスト・ダスラーが実権を握り始める。ホルストはスポーツ広告代理店ISLを電通と共同で設立し、スポーツをビジネス化した。これによりFIFAやIOCなど国際的スポーツ組織を取り込み、スポーツ界全般においても大きな力を持つようになった。この時期、アディダスは売上高で世界一のスポーツ用品メーカーであった。
1987年
4月10日ホルスト・ダスラーが51歳の若さで病死。アドルフの娘たちとホルストの息子たちとの間での経営権争いもあり、アディダスの経営は迷走を始める。
1990年
フランス人実業家ベルナール・タピが株式の過半を取得、経営権を握る。これによりダスラー家とアディダス社との資本関係はほぼ消滅した。この頃には、ナイキ、リーボックに次ぐ業界3番手に転落していた。
1993年
銀行団主導でフランス人実業家ロベール・ルイ・ドレフュスが経営権を握る。ドレフュスのもとでアディダスは黒字化、復活を果たした。
1995年
フランクフルト証券取引所に上場。
1997年
ウインタースポーツ用品メーカー、サロモンを買収。世界ナンバー2のスポーツ用品メーカー、アディダス-サロモングループになる。
2005年
リーボック株を取得し、リーボックをグループに加える。10月25日、フィンランドのスポーツ用品メーカー、アメアスポーツコーポレーションにサロモン部門を売却。

アディダスのロゴ

ロゴは3種類あり、三本線のロゴは主にスポーツブランドに、楓を象ったロゴは主にファッションブランドに付される。円に横3本線もある。

アディダスジャパン株式会社

日本でのアディダスブランドはそれまで販売代理店として兼松スポーツ(兼松子会社)、デサントなどが請け負ったが、1998年に直営日本法人が設立された。

設立 : 1998年2月19日
本社所在地 : 神楽坂(東京都新宿区矢来町)
ショールーム : 東京都・江戸川橋

情報は2012年1月時点:Wikipedia参照

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